恋愛とケッコンはベツモノ?
松井とケッコンしたら60億か・・・
そこいらのサラリーマンだったら
ヨメ探しに必死であろうフェイス(失礼)でも
才能があれば輝いて見える。
松井級のスーパースターになっちゃうと
所謂「一般人」と知り合ってケッコンするのは
やっぱり無理なのだろうなと
リアルな現実を
女優さんとの交際報道を見て思った。
「恋愛とケッコンはベツモノ」
なんて言葉をよく耳にする。
これはとてもリアリスト的な考え方だと
23歳のあたしは思う。
30歳になるとこの考え方が180度変化して
「やっぱ男はカネよね!」なんて言ってたりして。
コワイコワイ。
お金を稼ぐのは大変とバイトをしていても思う。
あんだけ走り回って、怒られて、コキ使われて
(既にバイトの半数が消息不明)
時給1000円だもの。
来年から働き出したらもっと感じるだろう。
「お金は大事だよ~♪」
ケッコンに経済力を求めるのは
間違ってはいない。
ボンビー家庭育ちのあたしだから
お金持ちには憧れる。
そりゃ、大きな家に住んで、美味しいもの食べて
好きな服を着てりゃ
そこそこ楽しいんじゃないかと思う。
ただ、恋愛とケッコンがベツモノ
の考え方がわからない。
あぁ、オトナな誰かさん、教えてください。
「ベツモノ」
という考え方からケッコンが成り立つなら
どこかケッコンが虚しいもののように感じる。
恋愛は好きな人として
ケッコンはそこまで好きで無くても
真面目で経済力のある人とするのがベターという
ことなのでしょうか。
恋愛→→→→→延長線→→→→→→→ケッコン
ではないのでしょうか。
相思相愛になった殿方が
男前で優しくて仕事も出来てお金持ちで
なんて人生上手くいけば
乙女は万々歳空中ウルトラ三回転宙返りかもしれないけれど
世の中そんな上手くいかない。
TVや雑誌でセレブ婚の妻の生活を観ると
ひねくれ者のあたしなんかはなんだか反発してしまう。
自分にはできないであろうことだからだろうか。
しかし、うらやましくもない。
欲が無いのか。
地球がひっくり返っても
あたしがセレブになるようなことは無い気がする。
バイブルが『NIKITA』
で
乳の間にネックレスを垂らして
チョイ悪オヤジの無精ヒゲをさすっていることもないだろう。
何が幸せなのか
その基準は人によってまちまちだけど
男=出世=カネ
でもないと思うし
女=ケッコン=カネ
でもないと思う。
「カネで買えない物は無い」
なんてホリエモンみたいな発言をしながら
ジャニーズ系の男を部下にする気もないし
「カネモチとケッコンするのが夢」
なんていいつつセレブ合コンに行く気もない。
幸せに暮らすのが夢だけれど
あたしの目指す幸せはもっと別なとこにある気がする。
それは意外に平凡で
その平凡は意外に難しい。
「フツーの主婦になるのはイヤなの」
とか言ってそうだもん、あたし。
なんだか何が言いたいのかわからなくなってきた。
あたしは恋愛とケッコンがベツモノと思わないというのと
非セレブ予備軍っていうことは
確かだけど。
もっと説得力のある深い考え方ができると
面白い文章になるんだろうな
なんて思いつつ
今から静岡に行く準備でもします。
オヨメサンどうちゃらこうちゃらの前に